2017-01-29 (Sun)✎
よも”ヤマ”話 第11話 御在所岳 その3 〔三重県・滋賀県〕 ’85・3
下山路はロープウェイを見ながら下っていったが
※ 『じゃらん』のウェブサイトより拝借
今回の山行のあらまし〔再掲〕
一般の人が『御在所岳』をイメージするとしたなら、「ロープウェイで行けるお手軽な山」というのが大半であろう。 更に質問に「御在所岳のマニアックな所は?」というのを加えると、ほぼ全てが「《藤内壁》などのロッククライミング」を挙げるだろう。 そう、登山の観点で言えば、「ロープウェイを使ってお手軽ハイキング」の認識を持たれている山だ。
だが、そんな御在所岳でも、サバイバル要素を大いに含んだ登山ルートがあるのだ。
それはロープウェイが通じて観光地化された三重県側ではなく、裏側の滋賀県側の源流沢を遡行していくルートだ。
これは来年受験を控えてW・V部を引退する前の現役最後の定期山行で登ったのだが、正直言うと高校生の部活のレベルを完全に超える難度のルートである。 それは腰までつかる沢の渡渉や、渡し籠跡のロープを掴んでの渡渉、滝そばの濡れた岩場の登降、イバラが茂るトゲトゲブッシュの突破など、かなり『エキスパート』なルート内容だったのである。
それに加えて、山行をした時期が残雪も所々に残る3月下旬。 恐らく、今の学校なら絶対に許可が下りないコース選定なのである。 それを比良連山縦走山行で”やる気のない”事が白日の下にさらされた部顧問の先公は受験対策を理由に早々に引率を拒否し、兵隊だけでこの山行が催されたのである。
今回の山行の行程図
行程表
《1日目》 JR近江八幡駅より鉄道(0:15)→八日市駅よりタクシー利用(0:35)→紅葉尾
《1日目》 JR近江八幡駅より鉄道(0:15)→八日市駅よりタクシー利用(0:35)→紅葉尾
(2:00)→神崎川徒渉点(2:10)→ヒロ沢出合
《2日目》 ヒロ沢出合(1:40)→鈴鹿国境稜線・ハト峰峠(1:00)→水晶岳(2:30)→国見岳
《2日目》 ヒロ沢出合(1:40)→鈴鹿国境稜線・ハト峰峠(1:00)→水晶岳(2:30)→国見岳
(1:00)→御在所岳(0:20)→御在所キャンプ場
《3日目》 御在所キャンプ場(2:00)→御在所岳登山口(0:45)→湯の山温泉駅より鉄道
《3日目》 御在所キャンプ場(2:00)→御在所岳登山口(0:45)→湯の山温泉駅より鉄道
(0:25)→四日市駅
※ 前回『よも”ヤマ”話 第10話』からの続き
さて、スキー場あり~の、レストランあり~の、ロープウェイで上がってきた観光客がズック靴で徘徊している・・だのと、山の雰囲気は皆無の・・、ましてや普通の感覚ならテントグッズをおっ広げて野営する場所なんて皆無な展望台の隅にゴソゴソとテントを張ろうとする、今の高校部活では有り得ない”アウトロー”な連中がこの『ワンゲロ』達であった。
まぁ、『引率ナシ』、『行動予定表の承認ナシ』、『沢装備無しでの沢遡行』、『部伝統の治療法で血まみれの大注目』などの”アウトロー”ぶりは、今の部活では有り得ないどころか今後の部の活動や存続自体が認められないだろうし、下手すりゃ『受験対策』を理由に引率を拒否ったやる気のない部顧問の先公も責任問題で吊し上げられかねないだろうね。 でも、この山行は、この連中の素養が凝縮されたような山行だったなぁ。
・・で、その”アウトロー”な幕営で、またもや人知を超えたレベルの『オチャメ』を炸裂させるのがこの連中であった。 さて、そろそろに日も暮れ始めて、行き交う観光客も最終のロープウェイーまでに乗って下ってゆき、山上にいる人はほぼ皆無となる。
それに喜ぶのは”現在進行形でアウトロー”な事をしている、この”ワンゲロ”連中であった。
で・・、それを祝福するかのように、空の様子も吹雪き始めてきたのである。 外が吹雪く最中、”御法度の”テント内でホェーブスを焚いて中で飯を炊いていたのである。
ガソリンコンロで火力抜群!
でも加圧しないと暴走して炎上するコワいシロモノ
※ グーグル画像より拝借
これはテントの中で酸欠を引き起こしかねない命の危険も有り得る”御法度”なのであるが、この連中にはそんな事お構いナシである。 この『テント内炊事』という手法は、今後の山でのワテの”当り前”の行動様式になってしまったけど。 いゃぁ、悪しき事は覚えると身に着くモノですねぇ。
この吹雪く状況では何もする事はなく、皆の考えは揃って「中でメシを焚いて、それを食って温かくなって、その勢いでとっとと寝ちまう」という寸法だった。 だが、中で飯を炊くと、飯を炊いた時に出た水蒸気がテントの上部に着いて、それが結露する訳である。 そして、飯を炊いていた時にかいた汗が更に輪をかけて、寝入った後の体温を奪うのであった。
7時過ぎから寝に入って3時間程寝入る事ができたが、夜半にさしかかった11時頃に寒さに目が覚めた。 テントを3張設営して3・3・2の人数で振り分けていて、ワテは3人グループのテントだった。
だから、他の5人の動向は知らないが、一様に同じ事をしてたのだろうが、ここで運の良さ・・というか、手際の良さ・・というかの差が明暗を分けたようである。
加圧不足だと
火が真っ直ぐ上に噴き上がる
※ グーグル画像より拝借
その「一様にしていた同じ事」というのは、寒さに目が覚めて、暖を取る為にホエーブスに火をつけて火を起こそうとしていた事である。 だが、寒さのあまりロクに加圧をせずに火を起こしたワテらのホェーブスは瞬く間に炎上し、テントに拳大の穴が開いちまったよ。 幸いフライシートには穴が開かず、吹雪が吹き込んでの直撃は免れたが、風が入って来てテントが横揺れし出したよ。
必死でガムテープと新聞紙で穴が開いたテントの目止めをする。 でも、もう火は使えないし、寝る事も敵わない・・っていうか、寝たら凍死しかねない状況に陥ったのである。 仕方がないので、シュラフに足突っ込んで、100円カイロを持ってきた分だけ全て開封して、足先や手に貼りまくる。
そして、夜が明けるまで何を語る事もなく、炎上して穴が開いたテントの中で3人揃って朦朧とまどろんでいた。
その時にワテが記憶しているのは、テントにいる仲間2人が美味しそうに熱々の焼きそばを食っていて、それを指を加えて見ている・・という妄想だった。 もしかしたら、寝ていたのかもね。
それでも凍え死ななかったのは3人寄り添っていたのと、若かったからだろうかねぇ。
でも、その焼きそばの熱々ぶりはリアルであった。 そばから湯気が立ち、それを美味そうに食う2人を指を加えて見つめる自分の姿がハッキリと描かれていたのである。
そういう状況に置かれたら、それを打ち消す快楽とそれに届かない自分を対比した映像が見えるもんなんだよね。 もしかして・・、コレって走馬燈の一種かも。
・・で、なんだかんだ言って、起床の5時までの6時間を”まどろみ”きって生還できたのである。
同じ境遇に遭った他の2人がどのようにまどろんだ・・のかは、お互いに聞かず終いになったよ。
お互いに触れたらいけないような気がしたから。
で・・、起床した他のテントの奴らに『ヘルプ』を出して、ホエーブスを貸してもらう。
今度は、念入りに加圧して炎上しないように・・。 そして、他のテントの奴らも、テント炎上の事は今の所触れてはいけない『パンドラの箱』の状況にある空気が澱んでいたので、その事について口を開く事はなかった。 その後、黙々とテント撤収をして、すっかり明るくなった6時前に下山に向けて出発する。
地蔵岩
余裕のある時に登降に使うと
絶好の登山ルートを下る
負れ(おぼれ)岩
ルート上には奇岩が目白押し
※ いずれも御在所岳観光案内の
ウェブサイトより拝借
下山路はロープウェイを頭上に見て進むルートで、藤内壁を望める最も一般的なルートだ。
でも、いろんな事が有り過ぎて疲れていたしカメラもなかったので、「岩がそそり立ってるな」という記憶しかない。 下り始めの岩下りも、おぼろげには憶えているが。
キレット
こういう所を通る
立岩
カメラ持っていけば良かった
でも持って来ていたら沢で水没してたかも
※ いずれも御在所岳観光案内の
ウェブサイトより拝借
黙々と下ったお陰で2時間位で、湯ノ山温泉の温泉街に下り着く。 まぁ、温泉街と言う事で、頭にキズのあるワテ以外の連中は日帰り銭湯に入る事になり、風呂に入れないワテは待っていてもつまらないので、一足先に帰る事を風呂に入る他の奴らに伝えて、一人で湯ノ山温泉駅へと向かう。
・・で、信じられない事だが、この先でもとんでもない『オチャメ』をやらかすワテであった。
真に『エース・オチャメゲッター』たるワテ。 もしかして、ワテって『ワンゲロ』の疫病神だったりして。 その『オチャメ』は次に上げる記事で書き足そうかと。
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