2016-04-23 (Sat)✎
『日本百景』 春 第233回 鹿島槍ヶ岳・春山 〔長野県・富山県〕
鹿島槍への道中は
昨日の苦労(『死亡フラグ』連発・・)が
昨日の苦労(『死亡フラグ』連発・・)が
ウソのような夏道であった
オチャメな・・鹿島槍・冬道顛末記より
春山を目指そう。 もちろん、何の訓練も無しに・・。 あるのは、もうとっくに使い果たして欠片もない、かつての遺産である10年前にあった体力の妄想だけである。 こんな事をしていてはいつか天罰が下るのが常道なのであろうが、ワテには類希なる悪運とゴ▲×リなみの生命力、そして天下御免の鉄面皮と、宇宙を駆けるレベルの『都合の悪い事は即座に忘れる鋭い忘却力』があるので、いつも何とかなっているのである。
鹿島槍ヶ岳 春山登山道ルート 詳細図
行程記録 ・・本文の行程表と照らし合わせると、同じ人間のなせる業とは到底思えないね
《1日目》 扇沢駅(0:15)→柏原新道・登山口(1:00)→南尾根分岐(3:00)→尾根上
《1日目》 扇沢駅(0:15)→柏原新道・登山口(1:00)→南尾根分岐(3:00)→尾根上
(2:45)→ジャンクションピーク(1:30)→爺ヶ岳(2:30)→冷池山荘
《2日目》 冷池山荘(1:00)→布引山(0:55)→鹿島槍ヶ岳・南峰(0:50)→布引山
《2日目》 冷池山荘(1:00)→布引山(0:55)→鹿島槍ヶ岳・南峰(0:50)→布引山
(1:00)→冷池山荘
《3日目》 冷池山荘(2:00)→爺ヶ岳(1:20)→ジャンクションピーク(2:00)→尾根上
《3日目》 冷池山荘(2:00)→爺ヶ岳(1:20)→ジャンクションピーク(2:00)→尾根上
(3:00)→柏原新道・八ヶ見ベンチ(0:40)→柏原新道・登山口(0:15)→扇沢駅
※ 《1日目》の『第232回 爺ヶ岳・春山』からの続き
《2日目》 鹿島槍の往復だけの安息日
この山荘は、時間観念がまともな所だった。 消灯は20:15と山時間だったなら、起床も4:45と山時間だった。 そしてワテは・・というと、昨日にちょっとオチャメ過ぎたせいか、多少呆けている。
この山荘は、時間観念がまともな所だった。 消灯は20:15と山時間だったなら、起床も4:45と山時間だった。 そしてワテは・・というと、昨日にちょっとオチャメ過ぎたせいか、多少呆けている。
あり丁寧に云えば、「もうチット寝たい」って気持ちである。 だが、ドヤドヤ・パタパタとスリッパ音がこだますると、起きなければならないようになってしまう。
・・で、5時半に食事を作り始める事に。 この山荘の食事は、5時からみたいだ。
・・で、5時半に食事を作り始める事に。 この山荘の食事は、5時からみたいだ。
いゃ~、近頃希に見るまともな考えの山荘だねぇ。 こりゃぁ、昨日こっ酷く叱られる訳だわ。
さて食事は、昨日はタイムオーバー過ぎて作れなかった夜飯分を朝に食う事にした。
これは、ちょっとでも食料を消費しなければ帰りがシンドい事と、今日はどうするか決めかねていた(登山口で指導員の兄さんが言ってたが如く、稜線上は天候が荒れる予想であった)から、少しでも時間を浪費する・・という2面の気持ちがあったからである。
30分かけて飯を作って、食い終えたのが6時半。 その間、悪天とまでは言わないまでも、雪風が吹きすさぶ中を次々と出発していく。 それを見て、こちとらは「もしかして、沈殿なのか?」と心が揺れ動いていた。 まぁ、昨日濡れた衣服を山荘の乾燥室で乾かさない限り、下山は有り得ないのである。
30分かけて飯を作って、食い終えたのが6時半。 その間、悪天とまでは言わないまでも、雪風が吹きすさぶ中を次々と出発していく。 それを見て、こちとらは「もしかして、沈殿なのか?」と心が揺れ動いていた。 まぁ、昨日濡れた衣服を山荘の乾燥室で乾かさない限り、下山は有り得ないのである。
濡れたままこの天候で下山すれば、昨日収まった『死亡フラグ』がまたハタめいてしまう。
となると、『沈殿』しか答えがないのである。
だが、7時を過ぎると山荘は清掃業務に入り、とっても居辛くなる。 そのまま1時間自炊室で沈黙の時を迎える。 清掃業務をしている最中に山荘内部をうろつく訳にもいかないからだ。 あまりにも空気が重く、堪らずガラス越しに外を見ると、荒天のマックス予想時である8時(山荘で朝5時に天気概況を説明していたが、その時に今日の悪天のマックスは8時から9時と発表していた)に薄っすらと陽が差し込んできているではないか。
だが、7時を過ぎると山荘は清掃業務に入り、とっても居辛くなる。 そのまま1時間自炊室で沈黙の時を迎える。 清掃業務をしている最中に山荘内部をうろつく訳にもいかないからだ。 あまりにも空気が重く、堪らずガラス越しに外を見ると、荒天のマックス予想時である8時(山荘で朝5時に天気概況を説明していたが、その時に今日の悪天のマックスは8時から9時と発表していた)に薄っすらと陽が差し込んできているではないか。
これを見て、「行ける」と、カッパと予備の服(登りに着てきた服はまだ生乾きで着れたモノじゃない)とジャンバーを着込んで、鹿島槍の往復に打って出た。 その道中であるが、昨日の爺ヶ岳からのルートが反則に思える程に歩き良かった。
雪坂の傾斜はほとんどなく、布引山への登りは完全に夏道であったし、しかも22㎏から開放された空身であったから、かつて・・までは行かないものの、コースタイムをチョコッと切る位なまで歩ける。
まぁ昨日は、『死亡フラグ』立ちまくりだったし。
爺ヶ岳よりコッチの方が
標高が高いハズなんだよね
布引山を越えると標高は2700mを越えるが、雪は吹き飛ばされるのが全くなくなる。
完全な夏道だ。 この辺りを住処にする雷鳥も、黒主体のゴマちゃん仕様となっていた。
即ち、雷鳥の羽がとっくの前に抜け変わるほどに、早くから雪が少ないみたいである。
夏道のザラ場を緩やかに登っていく。 爺ヶ岳の南尾根のような嫌味もないスッキリとした傾斜を登っていくと、最後に雪の吹き溜まりをよじ登って鹿島槍の頂上に着く。 2890m・・。
夏道のザラ場を緩やかに登っていく。 爺ヶ岳の南尾根のような嫌味もないスッキリとした傾斜を登っていくと、最後に雪の吹き溜まりをよじ登って鹿島槍の頂上に着く。 2890m・・。
頂上はガスに巻かれて白霧の世界
ちょっと侘しい
ちょっと侘しい
だが、ガスに巻かれて全く眺望はない。 やや登り甲斐に乏しい頂上風景であった。
取り合えず、登頂の御褒美に、餡ドーナツとポカリ水を口に含む。
そして、15分ほど粘るが、さすがに吹きっさらしで寒くなったので引き返す。
そして、15分ほど粘るが、さすがに吹きっさらしで寒くなったので引き返す。
完全に雪がなく
ドン鳥の羽根も黒基調のマダラになっていた
ドン鳥の羽根も黒基調のマダラになっていた
帰りは、先程のゴマちゃん模様の雷鳥を撮ったり、一瞬霧が晴れた鹿島槍を撮ったりしたので、行きより20分ほどかかって下る。 鹿島槍の往復にかかった時間は登りで1:50、下りて2:10と、昨日の11時間がフェイクのようなタイムだった。 この往復でもカメラや水で10㎏近く担いでるんだけどね。
僅か12㎏の差で、こんなにもワテの有り様を壊すとは恐れ入るのである。 えっ、まともな人間では有り得ない? ごもっとも。
さて、8時過ぎに出て、12:30には山荘に戻ってくる。 天気は薄日が射すハナ曇り状態だ。
今日はテントを張って・・とも考えたが、まだ乾燥室の衣服が乾いていないので、奮発して山荘素泊まり連泊とする。 でも、金持ってきて良かったよ。 金持ってきてなかったら・・、昨日泊まれなかったら『死亡フラグ』乱立だったし。 ちなみに、この連泊はマジで『死亡フラグ』の回避となったのである。
山荘では午後4時ごろから天気が崩れるとの予報を出していて、朝の8時から9時は外れたものの、次は当たりっほいみたいなのである。 山荘に戻って、今日鹿島槍往復で着た服も含めて乾燥室に吊るして、後はやる事ないので即効昼寝をかます。 キッチリ3時間近く寝て、起きると4時。 山荘居間のTVでは、衛星放送で日ハム×オリックスをやっていた。
呑気に野球を見ていたが、外は結構ブリっていたのである。 そして、野球が5時過ぎに終わり、乾燥室のモノも大方乾き、明日の下山には耐えれそうである。 で、5時半頃からメシを作り始め、他の泊り客と談笑の中で夕食を終える。
・・で、ひと息着いた時、『死亡フラグ』が突然ハタめいたのである。 それも、散々フザけた行為に終始した昨日の筆者でなく、別の人の頭上に・・。 5時過ぎに「ブリった中で動けない」との連絡が入ったのを最後に消息不明となったとの事。 山荘では「付近を捜索したが見つからない」、「明日下山途中で見かけたら、御一報下さい」との告知であった。
山荘でこの告知があったのが7時半過ぎ。 『死亡フラグ』の告知があろうがなかろうが消灯は20:15は変わらない。 ちなみに、山荘によると明日も天気は悪いらしい。 また、今日と同じく、午前8時から9時が悪天のピークらしい。 まぁ、明日は下山の人も多いだろうから、途中までくっついて降りればいい。 登ったものは、下りなければケリが着かないし。
次回はブリった中を下っていく
クライマックス編でっす
続きは、次回の『第234回 荒れた春山・下山』にて・・
- 関連記事
スポンサーサイト