2016-04-17 (Sun)✎
路線の思い出 第144回 土讃本線・佐川駅 〔高知県〕
屋根瓦に巨大な採光ガラス窓を取り付けて
今風の駅に仕立てている佐川駅
※ グーグル画像より拝借
《路線データ》
営業区間と営業キロ 輸送密度 / 営業係数(’15)
多度津~窪川 198.9km 2928 / 164
運行本数
池田~高知
特急【しまんと】、【南風】 上下とも毎時1~2本
普通 阿波池田~大歩危 上下とも2本づつ
阿波池田~高知・須崎 上下とも6本づつ
以前は棒線駅だったが
今は相対式の交換可能駅となっている
※ グーグル画像より拝借
佐川駅(さかわえき)は、高知県高岡郡佐川町にあるJR四国・土讃線の駅。 全特急列車が停車する。 1989年頃まではホームは駅舎側の1面のみだったが、現在は相対式ホーム2面2線となっている。
交換線を後に敷設した為か1線スルーに見えるが、元からあった駅本屋側が上り本線、向かい側の後付け線が下り本線として使い分けている。
この駅は、駅に降りた事自体は全くと言って憶えていない。 正直言うと、「ホントに降りたのか?」とさえ思う程に降りた記憶のない駅だ。 それは、降りた事が厨房時代の始めての撮り鉄旅の際に、土讃本線の撮影地として立ち寄った・・という記録のみであるからだ。
30数年前に降りた時はこんな感じの駅だった?
※ グーグル画像より1967年当時の駅舎画像を拝借
そのような曖昧過ぎる記憶でしかない中で「なぜ《佐川駅》と断定したのか」というと、撮った写真の背後に佐川町役場と思しき建物が写っていたからである。 それを元に佐川町役場の位置をグーグルマップで見ると佐川駅からの徒歩圏内にあって、「これなら(進化して『奇跡の体力』を体得する前のタダの肥満児の)厨房の足でも可能だ」と思ったからである。
後ろの建物にあるマークは
佐川町の『町章』ですね
この時の初めての『撮り鉄旅』であるが、四国の国鉄線(30年以上前なのでまだ国鉄でっす)の完乗も目論んでいたので、こんな『鉄』な閲覧者釣り(こんなので釣れるのか?)も掲載できるのでっす。
こんなの・・
小松島港(臨)に停車する
在りし日の急行【よしの川】号
その撮影のウデだが、正直いうと「この手の写真」を撮らせると、今より数段上手かったりして。
それは、今の学生達が運営する鉄道ブログの写真に引けを取らないデキだと思うし。
これを厨房の細腕でズームレンズの手持ち・・で撮っているのだ。 もちろん、この当時のレンズにジャイロを応用した手ブレ補正の機能なんか無いのである。 もうこれは、『奇跡』と言ってもいいのでは?
何気にバス窓の
キハ55が写ってますねぇ
その撮った写真の数々には、今では『鉄』な閲覧者が食いつく餌が大量にあるし。 それは時が経って、こういう『鉄』な連中を釣る為に、JR四国が『リバイバルトレイン』として仕立てた列車の『ホンモノ』が撮られているのである。
往時の『ホンモノ』
どんな拙い写真であっても
『ホンモノ』にはニセモノにはないオーラがある
ワテは、『リバイバル』と呼称されるイベントには行った事はない。 それに、今後もいかないだろうと思う。 それはどんなに似せた所で、記憶や記録を元に造った『疑似』=『ハリボテ』でしかないのだ。
そんなので往時の魅力は出せやしないし、そんなのを目にしても期待外れでガッカリするのがオチだからである。
でも、ワテ・・、こういう無意識な所で『先見の明』があるのだろうか? 結構、ワテの写真って、出版社やその手のマニアから掲載依頼の書き込み(ネット通信は信頼していないので、メールアドレスは開示しないのがワテの方針)が結構あるのだ。 中には、『売ってください』ってな時もある。
まぁ、これは、廃止線の入場券や記念タトウなどの『お宝グッズ』の方ではあるが。
『お宝グッズ』の一つ
四国と言う事で宇高航路から
・・厨房の小僧が撮った拙い写真が、ここまで化ける事があるのだ。 だから・・である。
その時の印象だけで『失敗作』と目されるモノを消してしまう事が後々に大いなる後悔となる事を知った上では、その場での消去が当たり前のデジタルを自分のモノを残す手段として『使えない』と断じたのである。 それは以前にも言ったように、『デジタル』という原版の存在しない偽物は、どこまでいっても『ニセモノ』でしかないのだし。
たぶん、これは万人の人に受け入れられない考えではあるが、事実でもあるのだ。
そう・・それは、「天皇がチョンのプロパガンダである」という事にも通じるのであるが。
我が国の公の場でチョンの挨拶法・コンスで
礼をする醜きチョンのプロパガンダ共
目にしただけで反吐が出る
日本国を『謝罪国家』に貶めるチョン面のヒトモドキを崇め下賜づくなんて、ワテにしてみれば『寒ぶイボ』が起つ程の汚らわしき売国行為だと思うし、それを皆が疑う事無くやるって事が洗脳の恐ろしさだとも思う。 『天動説』を唱えて、異端者と罵られたガリレオの気持ちが少し解るよ。
アリャリャ・・、脱線しちまったね。 それでは厨房がその時に撮った、時代を超えて『お宝写真』となった写真達をごろうじろ。
『ホンモノ』だけが放つ魅力
この頃は特急よりも急行の方を狙っていたな
けたたましい排煙を上げ力行する特急【南風】号
コレ・・
今見てもカッケーわ
厨房の先見の明 DF50
コレでどんなに『鉄』のアクセス数を釣った事か
- 関連記事
スポンサーサイト
No title * by 風来梨
きゃみさん、こんにちは。
実際、グリーン車両も連結したキハ58の急行【あしずり】には魅せられましたね。 コレに憧れて、中学生の身なりで9日間の四国旅行をした位ですから。
でも、9日間風呂に入らず、初日は岩国駅で夜を明かし、その他の日は当時四国を走っていた夜行快速と夜行急行・・という、中学生にして『アウト・ロー』な撮影旅行でしたが・・。
あと、物凄く残念な事に、この旅行で四国へ渡る時に乗った『伝説の航路』仁掘航路ですが、金を惜しんで切符を買わずに周遊券で乗ってしまいました。
もし、この仁掘航路の乗船証明の切符でもあれば、更に『鉄』な方々の釣り上げ成果倍増・・もとい・・、閲覧者が増えたでしょうね。
実際、グリーン車両も連結したキハ58の急行【あしずり】には魅せられましたね。 コレに憧れて、中学生の身なりで9日間の四国旅行をした位ですから。
でも、9日間風呂に入らず、初日は岩国駅で夜を明かし、その他の日は当時四国を走っていた夜行快速と夜行急行・・という、中学生にして『アウト・ロー』な撮影旅行でしたが・・。
あと、物凄く残念な事に、この旅行で四国へ渡る時に乗った『伝説の航路』仁掘航路ですが、金を惜しんで切符を買わずに周遊券で乗ってしまいました。
もし、この仁掘航路の乗船証明の切符でもあれば、更に『鉄』な方々の釣り上げ成果倍増・・もとい・・、閲覧者が増えたでしょうね。
No title * by オータ
こんにちは。 先日も ある方のブログに 1980年代の四国のDCの様子がupされていて、感激しつつ見ていました。
さすが!! ですね。北海道だけでなく、全国各地に足を運んで撮影されているとは… 私はもともと 乗り鉄に興味があって、カメラを重視していなかったので、何度か乗った 土讃・予讃本線も 写真が残っていないのです。
80系特急も DC急行も 素晴らしいです。四国特有の右下についているヘッドマークに 感激しております。 ナイス!!
さすが!! ですね。北海道だけでなく、全国各地に足を運んで撮影されているとは… 私はもともと 乗り鉄に興味があって、カメラを重視していなかったので、何度か乗った 土讃・予讃本線も 写真が残っていないのです。
80系特急も DC急行も 素晴らしいです。四国特有の右下についているヘッドマークに 感激しております。 ナイス!!
No title * by 風来梨
オータさん、こんにちは。
私は逆で鉄道から写真に入って、そしてその撮影対象が山や滝などの自然風景となる経緯でした。 そして、一時は撮り鉄からは離れていましたが、ここ7~8年でボチボチ撮り鉄を復活しております。
だからでしょうか・・、多くの撮り鉄が好む「流し撮り」や「車両のドアップ」などの迫力や動感重視の写真、そして『SL』などにはあまり関心がなく、風景が『主』で鉄道は『従』の画風を好みますね。
最近は、登山の後に寄り道して撮り鉄する・・といった『アウト・ロー』な撮り鉄(登山靴履いて、大きなザック背負っての撮り鉄)に邁進しております。(笑)
私は逆で鉄道から写真に入って、そしてその撮影対象が山や滝などの自然風景となる経緯でした。 そして、一時は撮り鉄からは離れていましたが、ここ7~8年でボチボチ撮り鉄を復活しております。
だからでしょうか・・、多くの撮り鉄が好む「流し撮り」や「車両のドアップ」などの迫力や動感重視の写真、そして『SL』などにはあまり関心がなく、風景が『主』で鉄道は『従』の画風を好みますね。
最近は、登山の後に寄り道して撮り鉄する・・といった『アウト・ロー』な撮り鉄(登山靴履いて、大きなザック背負っての撮り鉄)に邁進しております。(笑)
今回は垂涎物の写真がたくさんですね。長大編成の気動車、南風あしずり・・・ 個人的には(臨)小松島港の様子、土佐丸と表示された切符、そして憧れの機関車DF50。釣られました~(爆)