風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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路線の思い出   第143回  根室本線・糸魚沢駅

路線の思い出   第143回  根室本線・糸魚沢駅  〔北海道〕


重文級の価値のある駅舎を壊して
建て替えたのがコレか?
※ グーグル画像より拝借

《路線データ》
     営業区間と営業キロ          輸送密度 / 営業係数(’15)  
    滝川~根室 446.8km              976  /  424
                        ※ 新得~帯広を除いた数値
釧路~根室 運行本数(’19)
     釧路~根室 6往復(内 下り1本・上り2本快速〔はなさき〕、〔ノサップ〕)
     釧路~厚床 2往復

     ※ 2016年の台風災害により、現在は東鹿越~新得は不通となっている
       現在は不通区間に代行バスを運行

糸魚沢駅(いといざわえき)は、北海道厚岸郡厚岸町糸魚沢にあるJR北海道・根室本線の駅である。
1日の利用客は1人との事である。 付近にはラムサール条約登録指定地(登録指定地名称は別寒辺牛川湿原)となったチライカリベツ川が流れ、その湿地帯に形成された集落帯が糸魚沢集落である。

糸魚沢駅の駅名は、このチライカリベツ川のアイヌ語訳である「『幻の魚・イトウ』の生息する川」を和訳して漢字を充てたモノである。 その糸魚沢駅であるが、1950年に建てられた駅舎は木造平屋建てで、切り妻の屋根に段差を付けた構造になっており、段差の部分に2か所の採光窓が設けられていた。
ホーム側の屋根はそのままホームに伸びるひさしとなる特異な構造であった。

糸魚沢駅は門静駅と共にこの構造を持つ貴重な駅舎であったが、門静駅舎は平成15年に駅舎改築の為に取り壊されて、同駅がこの構造を持つ最後の駅となっていた。 だが、駅舎の隣に新駅舎の建設工事が行われ、2015年の新駅舎完成後に解体された。




大切なモノとは無くなって始めて気づく
人はこの愚かな失敗を何度繰り返したのだろう

糸魚沢駅・・、その駅舎は指定はされていなかったものの、重要文化財なみの貴重な建付けの木造駅舎だった。 実を云うと、この記事を書く為に糸魚沢駅の現況をウィキで調べるまで、この駅が去年に取り壊された事を知らなかったのである。

そう・・、これ程までに貴重な建造物をあっさり壊す事はないだろう・・と楽観視していたが、こんな貴重な歴史的財産を放棄するJR北海道は、「シンカンセン」という更なる赤字の呪縛に飲み込まれてしまって、トップにまともな判断能力が欠如してしまっているかの様に映るのである。

そう・・大切なモノとは、無くなって初めて気づくのだ。 それは、あらゆる事で共通するのである。
自然で例えると、ルールを守らずにペットを連れ込む輩の為に花ある所で花が咲かなくなり、湿原が乾燥化したり、ペット犬の持ち込んだ病原体の蔓延により、野生動物が死に絶えたりするのだ。
それが後々になり、環境問題や生物種の絶滅などという、人類の生存に関わる問題となってくるのだ。



野生動植物を根絶やしにしかねない
自然界へのペットの連れ込み
そして傍若無人なる公共へのペットの連れ込み
コレって日本を疎んじる反日チョン思考に通じてるよね

写真だって同じ。 その時に「不要だから」と、将来に貴重な映像に変わる可能性をアッサリと棄てているのだ。 そして、消去したモノが『歴史を証明するモノ』と成り得た途端に、頭を抱えて後悔するのである。 そう、自分の歴史を証明をしようとしても、削除した部分にポッカリと穴があくのだ。
要するに、今の利便と快楽だけを求めた為に、後になってそのツケが周ってくるのである。

そう・・それは今も大切だが、将来を見据えた考えや、立ちどまって過去を振り返る事も重要なのだ。
もちろん、状況や周囲の多数の声にも流されない『ブレない信念』も必要だ。 そして、それは全て『継続』しているのだ。 その一部分を「今は不要だから」と『削除』してしまっては、後々になって物事が一つのストーリーと成り得ず、削除した部分にポッカリと穴が開くのである。

そのような人の『懲りない』動きが、今・・真に暮らしの中でひしめいている。
要するに、「他の人に乗り遅れまい」、「他の人と同じ感覚にならなければ・・」という強迫観念が、「一歩下がって周囲を見渡し、置かれた状況を把握して的確な判断を下す」という大切なプロセスを端折ってしまっているのである。

我が国の政治でもそうだ。 扇動された大衆が靡いて、結果『詰む』寸前にまで貶められたミンス政権下の災禍が挙げられる。 また、戦争を引き起こしたトップとしての責任を取らないチョンを天皇と崇めた結果が、チョンやシナにプロパガンダとして利用され、今日のチョンやシナによる我が国の侮辱とタカり三昧につながっているのである。 こんなのは、ミンスの実態や天皇の売国行為と支援する天皇信奉者の主張の矛盾を考察すると、一発で「騙されている」との答えが出るのだ。

・・あらら、話が脱線気味なので、元に戻そう。 この糸魚沢駅に降りたのは、2度目の北海道に行った高1の春だった。 まぁ、最初の北海道はフイルム間違い(ASA感度に釣られて、室内用タングステンフイルムを持っていって、写真全ボツ)という『スーパーオウンゴール』をカマシてしまったので、実質的には最初の北海道撮影行となるのである。

この時の小僧の頭には、鉄道雑誌で見た『厚岸~糸魚沢の鉄道写真』があるだけだった。
あり丁寧に言えば、これを見ての「ここで降りればコレが撮れる」と思いっきり短絡的な思考があるだけであった。 要するに、「糸魚沢の駅に行きさえすればコレが撮れる」=「糸魚沢駅周辺は、大陸的な湿原風景だ」という、アオ過ぎるガキの思考であった。


春先の北の大地は
荒涼たる風景であった

だがこれをいいように解釈すれば、少年は「間違いや失敗を経て一つずつ大人になっていく」のだ。
まぁ、筆者(タワケ)の場合は、その『間違いや失敗』の度合いが極めて重大で、『間違いや失敗の一つで(クタバって)ゲームオーバー』となる危険をはらんではいたが。 まぁ、あれだけのリーチをカマシて反省する事もなく、更に『遭難フラグ』が乱立するようなオチャメに邁進する、この筆者(タワケ)の巻き起こした行動の全てが『奇跡』とも云えるのであるが。

で・・、釧路からの列車でこの糸魚沢へ。 厚岸の次が下車目的の糸魚沢なのであるが、その駅間距離の長い事。 10分以上走ってるではないか。 この事で、頭の中にあった「糸魚沢の駅に行きさえすればコレが撮れる」という『お花畑思考』が霧散してしまったのである。

でも、この小僧・・、往生際が悪いというか、若くて体力に変な自信を持っていた・・というか、前出の『お花畑』思考が霧散した瞬間のその次に、「厚岸まで歩いていこう」と変に『カカり気味』な思考に切り替わったのである。 まぁ、この位に仕事や勉学にクレバーならば、筆者(タワケ)の生活がもうちっと『ウダツの上がる』状況だったのは藪の中に。

さて、この時の小僧の筆者(タワケ)は、何故か几帳面に記録を残していた。 それは、撮影の為に下車した駅を『B級写真』として、サブカメラのネガに撮っていたのである。 駅に降りるのが趣味でもなく、当時は駅舎に興味もなかったが、何故か駅舎や駅名標を撮っていたのである。 でも、この筆者の本来の姿は『ズボラウイルス熱』に冒された超ド級の『物臭さ』で、いつの間にかこの善行!?もやらなくなってしまったのであるが。

でも、あの時撮った・・、それも適当な『アリバイ写真』として撮ったモノが、今や出版社から掲載の為の借り受けの依頼が来る位の『貴重なモノ』として昇華したのである。 これが、冒頭で述べた「将来に貴重な映像に変わる可能性」なのである。 ただの適当に撮った写真が、歴史(自分の・・であるが)を刻む宝物になった訳である。 だから、この善行!?を継続しなかった後悔は、その時々に心に大きな『穴』として開くのだ。

さて、駅舎の写真を撮った後は、駅前の国道を厚岸方向へひたすら歩いていく。 でも、駅間距離11kmは長すぎるよ。 そして、道路と鉄道は少し離れていて、なかなかいいと思えるアングルな場所が現れない。 いいかな・・と思っても、大型トラックがビュンビュンと飛ばす国道の縁で、身の危険を感じる状況なのである。 特に北海道の車のスピードは、信号が皆無な分だけエグいしね。


快速〔ノサップ〕も
写真がダメだと形なしだねぇ

で・・、撮ったのはこの程度でした。 歩くのに時間がかかり過ぎて、時間的に逆光になってるし。
そして、撮る目的だったチライカリベツ川の湿原はほとんど撮れず・・というか、遠目にしか見れず・・だし、約2時間半後に差しかかったラムサール条約指定地の別寒辺牛川湿原の真ん中を根室本線の線路を伝うゴージャス区間は、列車の時間を外して「ただ眺めただけ」に終わってしまったのである。

従って、このラムサール条約指定地の中を走る我が国で最も贅沢な鉄道写真は、約四半世紀後に車でやってきて撮ったこの写真で・・。

日本一贅沢な所を走る路線

蛇行するチライカリベツ川に沿って
大きく迂回して


広大な原野湿地を
列車はゆっくりとやってくる

でも、歳と共に写真は良くなって・・ないけど。 このラムサール条約指定地区間で2時間待って撮る・・というのも選択肢の一つではあったが、若いこのタワケの衝動が、トラックがビュンビュン走る国道際での2時間待機を許さなかったのである。


でも列車の速度が遅い訳ではない


広大過ぎる原野が魅せる錯覚なのだ

後は、チライカリベツ川の流れに沿って歩いてゆき、馬蹄形に大きく周り込んで厚岸の街中に入る。
その厚岸湖は観光とグルメを前面に押し出していて、トラックのビュンビュン走る国道際より撮影の自由度が高くなる。 もう、逆光を気にしなくても写真が撮れる位にアングルが選べるのである。
その厚岸湖に差し掛かった時が、列車の通過時刻の15時前であった。


何も考えず撮った駄作でも
今は貴重なキハ22の現物写真だ


湖というより海な感覚の
厚岸湖畔にて

厚岸湖畔で順光に甘えて工夫無しに撮っただけの写真と、埠頭にへばりついてのアングルをカメラに収めて、厚岸からの釧路行きに乗る。

    ※ 詳細は『魅惑の鉄道写真集』より『根室本線』を御覧下さい。



















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No title * by 鳳山
昔の駅舎のほうが味がありますね。

ナイス

No title * by 風来梨
鳳山さん、こんばんは。

何かにつけて、昔のモノには思いやりと気遣いが多分にありましたね。 それが時を経て、存在感や価値観を増幅させてきたのですね。

その歴史的価値が、儲からない・・の一言で消えていくのは忍びない事です。

コメント






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No title

昔の駅舎のほうが味がありますね。

ナイス
2016-04-10 * 鳳山 [ 編集 ]

No title

鳳山さん、こんばんは。

何かにつけて、昔のモノには思いやりと気遣いが多分にありましたね。 それが時を経て、存在感や価値観を増幅させてきたのですね。

その歴史的価値が、儲からない・・の一言で消えていくのは忍びない事です。
2016-04-10 * 風来梨 [ 編集 ]