風来梨のブログ

このブログは、筆者であるワテの『オチャメ』な日本全国各地への探勝・訪問・体験記です。

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私の訪ねた路線  第132回  標津線 その2 厚床線

私の訪ねた路線  第132回  標津線 その2 厚床線

『私の訪ねた路線』  第132回  標津線 その2 厚床線 〔北海道〕 何もない原野を1日数本往来していた開拓鉄道の名残通称『厚床線』 《路線データ》      営業区間と営業キロ             輸送密度 / 営業係数(’83)    標茶~根室標津・厚床~中標津 116.9km         391   /  1366       廃止年月日                   転換処置      ...

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No title * by isao&よっちゃん
お早うございます。
奥行臼駅といえば例の最期まで残った簡易軌道があった場所ですよね^^
春別は今はサハリン帰りのD51が居るんでしたっけ?

No title * by 風来梨
よっちゃんさん、こんにちは。
見て頂いて有難うございます。

確か、別海町の簡易軌道があった所ですね。
でも、標津線の往時はそれらの遺構は放置状態でして、全く目立たなかった記憶があります。 廃止になってから駅や過去の史跡が持てはやされているケースが、この奥行臼駅にも当てはまりますね。

春別に関しては、全く知りませんでした。 新たな情報を頂き有難うございます。

No title * by タケちゃん
こんばんは。
「開拓の使命を終えた鉄路の末路」という言葉が、実に胸に刺さりますね。
実際問題、廃止されてしまった路線は広大な大地の中を進む路線が多かったですね・・・・農地が整備され、道路も整い・・・・そうなると鉄道への依存度が低下するのは皮肉なものですよね。

開陽台・・・・20年以上行っていません。
養老牛温泉に一泊して、のんびりと周辺をブラブラしたい気分になってしまいました・・・・。
あっちの牛乳飲みたいなぁ。美味しいんですよね~。

No title * by 風来梨
タケちゃんさん、こんばんは。
お返事が遅れてスミマセン。

廃止線を見つめると、その多くに『栄枯盛衰』が漂っています。
華やかな頃と末期のギャップの大きさに溜息が出ます。

私が廃止線に触れた時は、その末期です。 もちろん、廃止線が華やかな頃は知りません。 でも、末期の哀愁漂う姿に虜になっちゃいました。